欺かれた結婚 創世記29章1-30節


 この29章は、ヤコブが旅を続けて目的地である「ハラン」に到着したところから始まります。1-14節には、野にある井戸でのヤコブの三つの出会いが描かれています。15-30節には、ヤコブが伯父ラバンに欺かれて二人の女性と結婚させられることになった経緯が記されています。

 ヤコブとラケルとの最初の出会いは、井戸の場面です。ヤコブの母リベカと結婚相手を捜すためやってきたアブラハムのしもべとの出会いも、井戸でした。その時の光景が思い出されるような雰囲気があります(24章)。

 伯父ラバンの家に迎えられたヤコブは、伯父から仕えるための報酬を尋ねられました。ヤコブは、二人の娘のうちの下の娘ラケルと結婚させてくれるなら、「七年間あなたにお仕えします」と申し出て了解を得ました。17節には、二人の娘である、姉レアと妹ラケルを紹介することばがあります。その言葉からは、妹ラケルの方が外見的な魅力を備えた女性であったことが強調されています。

 約束の期間が満了しても伯父の方からラケルとの結婚話が出ないので、ヤコブは「私の妻を下さい」と催促しました。伯父は結婚のために一週間の祝宴を開き、ヤコブは愛妻との初夜を過ごします。しかし、朝になって伯父にだまされたことに気づきます。それはラケルではなく、レアだったのです。伯父に「なぜ、私を騙したのですか」と強く詰め寄ると、伯父は習慣をたてに平然と自分を正当化し、この婚礼の一週間を過ごすならラケルと結婚させるので、もう七年間仕えなければならないと条件を提示しました。ヤコブのラケルへの愛を利用して、できるだけ長くヤコブを仕えさせようとしているのです。ヤコブはラケルへの愛のゆえに、その条件を受け入れ、「もう七年間ラバンに仕え」ました。30節には、「ヤコブは、レアよりもラケルを愛していた」とあります。日本語だけで読むと、相対的にヤコブはレアよりもラケルを愛したという意味に読めますが、学者たちの中には、このヘブル語の比較構文は、「ラケルだけを愛した」という意味だと指摘しています(Currid,p81)。レアのヤコブの愛を渇望することばからは、その意味に理解する方が自然だと思われます(29:31-34)。



 ヤコブは自分の意に反して二人の女性と結婚することになってしまいました。この箇所から、どのようなことを学ぶことができるでしょうか。

 第一に、かつて父を欺いたヤコブは(27:53)、ここで伯父に欺かれているということです。ヤコブは、だまされたことを通して、だまされた者の苦しみや痛みを経験し、過去の罪に向き合わされていると言えるのではないでしょうか。私たちはキリストの御業を通してすべての罪が赦され、もはや罪に定められることはないとの約束をいただいています(エペソ1:7,ローマ8:1)。しかし、時に神は私たちを愛するゆえに、苦しみを通して訓練されることがあるということです(ヘブル12:5-)。

 第二に、ヤコブは「仕えられる者」となる前に、まず「仕える」ことを学ばなければならなかったということです。29章以降において、ヤコブと伯父ラバンとの関係で繰り返し出てくる重要な言葉は「仕える」(29:15,18,20,25,30など)です。ヤコブは、神から仕えられる者(支配する者)となるとの約束をいただきました(25:23,参 27:29,40)。しかし、実際の彼は伯父ラバンのもとで二十年間仕えなければなりませんでした(31:41)。彼は仕えることを通して、謙遜や忍耐を学び、その人格を整えられることになったのです(参 マルコ10:42-45)。

        このメッセージは2025.6.22のものです。