ヤコブの手紙 ヤコブ1章1節

 これまでパウロ書簡を取り上げてきましたが、今回は「ヤコブの手紙」を取り上げていきましょう。「ヤコブの手紙」は特定の個人や教会に宛てたものではなく、信者全般に宛てた手紙なので、「ペテロの手紙」や「ヨハネの手紙」や「ユダの手紙」と共に「公同書簡」と呼ばれています。

 1世紀の手紙の形式に沿って、差出人、受取人、挨拶という順序で記されていることがわかります。著者は自らを「ヤコブ」と名乗っています。新約聖書には何人かの「ヤコブ」が登場しますが(参 ルカ6:14-16)、おそらく「主の兄弟ヤコブ」(ガラテヤ1:19)であろうと考えられています。マリアから主イエスの後に誕生した兄弟たちの一人であり(マタイ13:55)、主の公生涯のときにはまだ主を信じていなかったと思われます(ヨハネ7:5)。しかし、パウロの主の復活の証人のリストに登場し(Ⅰコリント15:7)、使徒の働き(15:13-,21:18-)やガラテヤ人への手紙(2:9)を見ると、エルサレム教会の中心的なリーダーであったことがわかります。手紙の受取人であった人々にとって、よく知られた人物であったので、簡単な自己紹介で十分であったと考えられます。

 「ヤコブ」は自らを「主の兄弟ヤコブ」ではなく、「神と主イエス・キリストのしもべ」と名乗っています。「しもべ」(ドゥーロス)と訳されている原語は「奴隷」とも訳されることばです。主イエスに仕える奴隷であり、神のしもべとして神の使命を担う者として人々を導こうとしています。1世紀のユダヤ人歴史家のヨセフスは、ヤコブはAD62年に殉教したと伝えています。それが正しいとすると、おそらくAD40年後半から死ぬまでの間に書いたと考えられます(書かれた年代を特定することは非常に困難)。

 手紙の「受取人」は、「離散している十二部族」です。「十二部族」とは創世記のヤコブ(イスラエル)から誕生した十二人の部族の子孫を指しますから、当然ユダヤ人です(ガラテヤ6:16やⅠペテロ1:1などから異邦人も含むと考える者もいる)。「離散している」と訳されている原語は「ディアスポラ」です。ローマ帝国下のパレスチナ以外に住むユダヤ人を指します。おそらく迫害によって散らされたと思われます(参 使徒11:19)。また、14回「兄弟たち」と呼びかけがあるので、キリスト者宛ての手紙です。

 ヤコブの手紙の全体的な特徴をいくつか取り上げましょう。

 一つ目は、この手紙は非常に実践的な内容であり、具体的なクリスチャン生活の指針が示されているということです。ムーという学者は「この手紙には、他のどの新約聖書の書物よりも高い頻度で命令形の動詞が使われている」と述べています。またある人によると、108節(1-5章)のうちに59の命令があると述べています。

 二つ目は、主イエスの教えを連想させることば(特に「山上の説教」マタイ5-7章、「平地の説教」ルカ6章から)が多いということです。ある学者によると三十五の可能性を見出すことができるとしています。

 三つ目は、舌をコントロールすることの大切さが強調されているということです(参1:19,3:2-11,4:11,5:9,12)。舌は小さな器官ですが、大きな破壊力をもっています。交わりを築き上げていくためには最も注意しなければならない器官です。

 四つ目は、一見するとヤコブ(「行いによる義」2:14-26)とパウロ(「信仰による義」)は対立しているように見えるがそうではないということです。  —- その他の特徴については説教集を見てください —


         このメッセージは、2023.7.23のものです。