パウロの勧告 ピリピ4章1-7節
今回の箇所には、パウロの五つの勧告をみることができます。
第一は、「堅く立ちなさい」です(1節)。「堅く立つ」という動詞はすでに1:27にも登場しました。「このように」という語は、これまでの教え全体を指し、それが「堅く立つ」ことの具体的内容を説明しています。「主にあって」とは、堅く立つことが自らの力によるのではなく、キリストにあって可能であることを示しています。
第二は、「一致してください」です(2-3節)。一致への勧告はすでに一般的な形でなされていました(参 1:27、2:2)。しかしここでは、「ユウオディア」と「シンティケ」という二人の女性が名指しで取り上げられています。不一致の原因は明らかにされていませんが、その対立が教会全体に深刻な影響を与えつつあったのでしょう。
パウロはまず、どちらか一方に肩入れすることなく、それぞれに「勧めます」と語り、「同じ思いになってください」と呼びかけています。「同じ思い」は2:2でも用いられた表現です。そこでは、一致のためには謙遜と他者への敬意・配慮が必要であることが示され(2:3–4)、その模範としてキリストが挙げられていました(2:5–)。したがって「同じ思い」とはキリストがもっておられた思いであり、「主にあって」とは、主の御前で謙遜になり、主の御心に従うことを意味します。
一致は教会にとって極めて重要です。パウロは、一致のために健全な教理を捨てるようにとは言っていません。しかし、教会に一致がなければ霊的健康が損なわれ、共に福音のために力を合わせて戦うこともできません。悪魔は交わりを破壊しようと常に機会をうかがっています(参 Ⅱコリント2:10–11)。不一致によって教会に大きなダメージを与えることができることを知っているからです。
[第三の勧告「主にあって喜びなさい」(4節)と第四の勧告「寛容を示しなさい」(5節)は省略]。
第五は、「感謝をもって祈り、平安を得なさい」です(6-7節)。パウロは7節で「平安」を約束しています。その平安を得るために、二つのことを命じています。
一つは「思い煩わない」ことです。山上の説教の中で主は、父なる神がどのようなお方であるかを思い起こさせ、食べ物・飲み物・衣服・明日のことなどを思い煩わないように教えられました(マタイ6:25, 31, 34)。思い煩いは心の平安を奪うものです。
もう一つは「感謝をもって祈る」ことです。パウロは「祈り」「願い」「願い事」といった同義語を重ねて、祈りに励むよう勧めています。ここで彼は、祈れば問題がなくなるとは約束していません。しかし、「神の平安」が不安や恐れによって乱される「心と思い」を守ってくださると語っています。
祈りは神への依存と信頼のあらわれです。主イエスは、この世が与えるものとは異なる平安を約束されました(ヨハネ14:27)。パウロも「平安」を御霊の実の一つとして挙げています(ガラテヤ5:22)。私たちは自分の力で平安を生み出すことはできません。たとえ思いどおりに問題が解決しなくても、感謝をもって祈るとき、私たちは「ご自分の御子さえも惜しむことなく死に渡された神」(ローマ8:32)を信頼し、その御手にすべてを委ねることができます。そのとき、「理解を超えた神の平安」(7節)が心を守ってくださるのです(Ⅰペテロ5:7、ローマ8:28)。
このメッセージは2025.11.2のものです。


