和解と帰還 創世記33章1-20節



 双子の兄弟、兄エサウと弟ヤコブは二十年ぶりに再会し、和解することになりますが、この33章は三つに分けることができるでしょう。1-11節は、ヤコブとエサウの再会、12-16節は、二人の別れ、17-20節は、ヤコブのカナンへの帰還です。 – 33章の詳しい解説は説教集を見てください –

 

 この33章から私たちはどのようなメッセージを見出すことができるでしょうか。

 第一に、ヤコブの祈りが答えられているということです(32:11)。神は、ラバンとの関係では、ラバンに夢の中で警告することによってヤコブを助け出されました(31:29)。一方、兄エサウとの関係では、ヤコブの祈りに答えられ、和解を実現することによってヤコブを危機から助け出されています。

 かつてはヤコブに殺意を抱いていたエサウの心が(27:41)、いつ、どのように変化したのでしょうか。二十年という時の経過の中でわだかまりは徐々に消えていったのでしょうか。聖書はそれを明らかにしていません。しかし、神の御手があったことは確かでしょう。エサウは四百人の従者を率いる有力者となり、富める者となっていました(9節)。おそらく神は、ヤコブだけでなくエサウをも祝福し富ませ、彼の心を寛大にされたのではないでしょうか。

 第二に、ここには真の和解があるということです。31章において、伯父ラバンとの間には和解(関係の修復)がなかったことを見ました。しかし、今回には和解があります。もちろん、直接的なヤコブの謝罪の言葉やエサウの赦しの言葉を見出すことはできません。しかし、両者の態度にはそれが示されていると言っていいでしょう。ですから、ラバンの時のように石塚を築いて契約を結ぶ必要もなかったのです。

 創世記4章には、兄カインが弟アベルを殺害するという痛ましい場面があります。神はカインに悔い改める機会を与えておられましたが(4:7)、その機会は生かされることはありませんでした。神の家族という教会の中にも、時として問題が起こります。そこに和解がないなら関係は壊れてしまいます。主イエスは「悔い改めるなら、赦しなさい」(ルカ17:3,4 参エペソ4:32)と勧めています。敵(サタン)は交わりを破壊しようと隙をうかがっています(参 Ⅱコリント2:10-11,Ⅰペテロ5:8)。戦う相手を間違えてはなりません。勇気をもって謝罪し、赦し合うことによって交わりを築いていきましょう。

 第三に、ヤコブは神を礼拝し、神に栄光を帰しているということです。

ヤコブが、どうして「スコテ」や「シェケム」(ヨルダン川西側、エルサレム北約60キロ)に滞在するようになったのは明らかではありませんが、ヤコブはカナンに戻り、祭壇を築き、神が自分に与えてくださった名前「イスラエル」(32:28)を用いて、祭壇に「エル・エロへ・イスラエル」(「イスラエルの神である神」の意味)と名前をつけています。「シェケム」は、祖父アブラハムがカナンへとやってきて最初に祭壇を築いた場所です(12:7)。ヤコブは旅路を約束通り守って下さった神を礼拝し、自らの信仰をあらわしているのです(参 28:15,21)。

          このメッセージ2025.7.28のものです。