一致への呼びかけ ピリピ1章27節-2章4節
パウロは、ピリピ教会の「信仰の前進」(25節)を願っていました。しかし、その信仰の前進を阻む人々がいました。パウロは彼らを「反対者たち」(28節。おそらく迫害者たちを指すと思われる)と呼んでいます。
この箇所において、パウロは信者たちに一致を呼びかけています。前半(1:27–30)では、敵対者を前におびえたり、ひるんだりすることなく、一致して戦うように励ましています。後半(2:1–4)では、一致を妨げる要因を示しつつ、愛と謙遜をもって一致を保つように呼びかけています。
パウロは、ピリピ教会に「ただキリストの福音にふさわしく生活しなさい」(27節)と命じています。「ただ」という副詞は、「これこそが唯一必要なこと」だということです。「生活しなさい」という動詞は(参 使徒23:1)、珍しい言葉で、同じ語根の名詞が「国籍」(3:20 「市民権」の意味)と訳されています。この語は単なる日常生活を指すのではなく、政治的なニュアンスを含みます。ですから、欄外の別訳のように神の国の「市民として生活しなさい」と訳すことができるでしょう。ピリピの町は「小さなローマ」と呼ばれ、ローマ市民権を持つ人々が多く住んでいました。パウロは、このような背景をもつピリピの信者たちに対して、「天の御国の市民としてふさわしく生きよ」と勧めているのです。
パウロは、敵対者に直面しているクリスチャンたちが「堅く立ち」(27節、4:1)、「ともに戦う」(27節、4:3)ことを願っています。「霊」(Feeは、人間の霊ではなく聖霊を指すと解釈する)と「心」を一つにして一致するよう呼びかけています。ともに戦うためには、互いに助け合い、連携することが必要です。一人でクリスチャン生活を送れると考えるなら、その人は霊的に危険な状態にあるのです。
またパウロは、外からの圧力にあっても教会が「脅かされること」のないよう願っています。信者たちが一致して堅く立つなら、それは「反対者たち」にとっては永遠の「滅び」を、またクリスチャンたちにとっては永遠の「救い」を指し示す明確なしるしとなるのです(28–30節は、そのための励ましのことば)。
さらにパウロは、信仰だけでなく「キリストのために苦しむこと」も恵みであると語ります(29節)。私たちは自らの意志で福音に応答し、信仰を持ちました。その信仰が実は神の恵みによる導きであったことを認めるのは容易です。しかし、「苦しみ」さえも恵みであると言われると、同意するのは容易ではないでしょう。けれどもパウロは、「苦しみ」は神の国の市民として生きるうえで避けられないものであり(Ⅱテモテ3:12)、また神が聖化のために用いられる重要な手段であることを知っていたので、あえて「恵み」と言うことができたのです(参 ローマ5:3–5、8:28–30)。
そしてパウロは、ピリピの信者たちに、自分が最初にピリピを訪れて宣教したときに受けた迫害(使徒16:19–24)、また今はローマの獄中にあることを思い起こさせます。こうして彼らも今、キリストへの忠誠のゆえに「同じ苦闘」を経験していることを指摘し、励まそうとしているのです。
– 一致の呼びかけの続き(2:1-4)は省略 –
このメッセージは2025.9.7のものです。


