託された使命と励まし ヨシュア1章1-9節
長く共同体を率いて来た強力なリーダーが交代するときは、大きな混乱が生じることがあります。しかし、モーセからヨシュアへのリーダーシップの移行はとてもスムーズな感じを受けます。それは、モーセの存命中に次期指導者がしっかりと選ばれていること(民数27:15-23)、また、ヨシュアが長年にわたってモーセに仕え、リーダーとなるべき訓練を受けてきたということがあげられるでしょう。
ヨシュア1章1-9節には、モーセの死後、主がヨシュアに使命を託し、彼を励ましていることばを見ることができます。申命記には、モーセの存命中にも、同様の励ましを主がヨシュアに与えていることがわかります(申命31:23)。
ヨシュアが主から託された使命は、約束の地を民に受け継がせる、ということです(6節、申命3:28,31:7)。ヨルダン川を渡って入ろうとしている地については、「イスラエルの子らに与えようとしている地」(2節)、「父祖たちに与えると誓った地」(6節)、「あなたがたに与えて所有させようとしておられる地」(11節)「与えようとしておられる地」(15節)と、その地を与える方が「主」であることが繰り返し強調されています。3節では「すでにあなたたがたに与えている」と、すでに完了した事実であるかのように語られています。4節では、その地の範囲が南北、東西の順で大まかに示されています(参 申命7:1)。
主が与えようとしていた地の所有が確実であったとしても、まだヨシュアたちはその地に足を踏み入れたわけでもありません。なにもせずに待っていれば自動的にその地が彼らのものとなったわけでもありません。神の約束を信じて、その地に足を踏み入れ、予想される敵との戦いに勝利しなければなりませんでした。民の存亡が自分のリーダーシップにかかっていることを覚えるときに、彼には恐れや不安を抱くに十分な理由があったことでしょう。
そのようなヨシュアに対して主は、同じことばを繰り返して励まししています。それは「強くあれ。雄々しくあれ」(6,7,9節)です。恐れずに、断固とした決意をもって立ち向えということです。三回目には「恐れてはならなららない。おののいてはならない」(9節)ということばも加えられています。なぜ「恐れてはならない」と主は言われたのでしょうか。それはヨシュアを「見放さず、……見捨てない」主が「ともにおられる」からにほかなりません(5,9節)。
聖書には、神から「ともにおられる」という励ましのことばをいただき、困難な状況に立ち向かった多くの人々が登場します。たとえば「ヤコブ」(創世28:15,31:3)、「モーセ」(出エジプト4:12)、「ギデオン」(士師6:16)、エレミヤ(エレミヤ1:8,15:20,「ハガイ」1:13,2:4)などをあげることができるでしょう。
私たちの人生においても、予期せぬ様々な恐れや不安に襲われるような時があるでしょう。主は私たちに対しても同じ臨在の約束をくださっています(マタイ28:20,ヘブル13:5)。恐れに対処する方法は、自分の知恵や力によってではなく、「恐れてはならない」と言われたお方に信頼することによってなのです。
このメッセージは2026.8.9のものです。


