感謝と祈り Ⅱテサロニケ2章12節-3章3節

 パウロは「真理」である福音を受け入れない者に対するさばきを示した後(10-12節)、「しかし」(13節)という言葉を挟んで、それとは対照的に福音を受け入れた者たちについての感謝を明らかにしています(参1:3)。パウロは何を感謝しているのでしょうか。

 一つ目は、神の「選び」です(13節 参 Ⅰテサロニケ1:4)。神の選びの目的は「救い」です。救いが神の選びによるなら、私たちは誇ることはできません。なぜなら、その選びは私たちのうちにある何かではなく、神の一方的な愛にもとづくものであるからです。「初穂として」選ばれたという意味は、神がテサロニケの信者たちを、その地域において最初に信じるようにご計画され、その後に続く者たちがあるということを示唆しています。

 選びの目的が救いであるなら、選びの手段を示す言葉が「御霊による聖別と真理に対する信仰によって」です。信者たちは、聖霊によって聖なる者として区別され、真理(福音)を信仰によって受け入れた者です。

 二つ目は、神の「召し」です(14節 参Ⅰテサロニケ4:7)。神の召しの目的は、信者たちが「主イエス・キリストの栄光にあずからせる」ためです(ローマ8:30)。神の召しの手段を示す言葉が「私たちの福音によって」です。神の「選び」も「召し」も、救いが神の主権に基づくものであることを示しています。その一方で、それは人の側の「福音」の受容を離れたものではないことも示しています。

 パウロは感謝を表わしたあと一つの勧告をしています(15節)。「堅く立って」とは、誤った教えによって「落ち着きを失ったり、心を騒がせたりす」(2節)ることに対応することばで、「私たちから学んだ教えをしっかりと学びなさい」とは、「堅く立つ」ための手段を表わしています。パウロは、誤った教えに惑わされないためには、使徒である自分たちの教えをしっかり堅持しなければならないことを強調しているのです。

 16,17節はパウロの祈りです。パウロが願う対象は誰であり、どのようなお方なのでしょうか。また、何を祈っているのでしょうか。

 まず、願う対象は、「主イエス・キリスト」と「父なる神」です。そのお方は、「私たちを愛し」てくださるお方(13節)であり、「恵み」によって「永遠の慰め」と「すばらしい望み」を与えてくださっているお方です。パウロは救いの完成に目を向けさせて、テサロニケの信者たちが敬虔な生活へと歩むことができるようにと祈っているのです(「ことば」や「わざ」は人の行動を包括する表現 参 コロサイ3:17)。パウロは、彼らの「心を慰め、強め」(参 Ⅰテサロニケ3:2)てくださるように祈っています。その人の「心」の状態が、「わざ」や「ことば」となって具体的にあらわれるものだからです。

[ 3章1,2節のパウロの祈りの要請(福音宣教の拡大と宣教チームの安全のための祈り)、3章3節のテサロニケの信者たちを励ますために、主イエスがどのようなお方であるかを思い起こさせていることについては、説教集で確認してください]


           このメッセージは2022.9.4のものです。