「テモテ 忠実な愛弟子」Ⅰテモテ1章1-2節

 テモテは、私が愛する忠実な子です(Ⅰコリント4章17節)。


 新約聖書には、パウロの十三通の書簡がありますが、そのうちの一通がテモテへの手紙第一です。手紙の冒頭の挨拶(1,2節)から、パウロが差し出し人で、テモテが受り取り人であることが分かります。この手紙の内容に入って行く前に、パウロとテモテについて、また、テモテが牧会していたエペソの教会について少し理解しておきましょう。

 パウロは、かつては教会を激しく迫害する者でした(13節)。その彼がクリスチャンとなった経緯は使徒の働き9章に出てきます。その彼が「異邦人への使徒」(ガラテヤ2:8)として福音を伝え、各地に教会を建て上げていった様子は使徒の働きの後半部分を読むと分かります。パウロは手紙の冒頭で、自分が「キリスト・イエスの使徒」となったのは、「私たちの救い主である神」と「望みであるキリスト・イエスの命令によって」としています。自分が使徒となったのは神への服従によるもので、自分の背後に絶対的なお方の権威があることを示しています。テモテにとって、パウロが使徒であることは改めて名乗るまでもないことと思われますが、この手紙がテモテへの個人的な手紙であっただけでなく、テモテが牧会する教会にも読まれることが期待されていたからであると考えられます。パウロはテモテの指導の背後に使徒としての権威があることを知らせる意図をもっていたのでしょう。

 パウロとテモテとの最初の出会いがいつであったか、テモテがパウロによって直接信仰へと導かれたかについては正確には分かりません。はっきりしていることは、パウロが第二次伝道旅行の際にリステラに行った時、近隣において評判の良い青年であったテモテを今後の伝道旅行に同伴したいと考え、彼を選んだということです(使徒16:1-)。テモテの家族については、父親がギリシア人で、母親はユダヤ人のユニケ、祖母はロイスで(Ⅱテモテ1:5)あることが分かります。そして、母たちの影響によって、彼は「幼いころから聖書(旧約)に親しんできた」者であったということです(Ⅱテモテ3:15)。

 

 テモテはパウロによって伝道者生活へと入り、彼から直接指導と訓練を受けた愛弟子です。パウロが自分の十三通の書簡のうち、六通でテモテを共同差し出し人としていることや、また、その書簡の中で彼に言及している箇所を読む時に、彼がいかにパウロにとって信頼できる忠実な同労者であったかが分かります(Ⅰテサロニケ3:2-5、Ⅰコリント4:17,16:10,ピリピ2:19-23)。そして、パウロはテモテを自分の代理や使者として諸教会に派遣しています。

 1章2節で、パウロはテモテのことを「信仰による、真のわが子テモテ」と呼んでいますが、「真の(グネーシオス)」とは、「本物の、心からの」という意味です。パウロとテモテとの間には、もちろん血縁関係はありませんが、パウロにとって信仰による師と愛する弟子という霊的な関係を、親密な父と子の関係で言い表すことは自然なことであったでしょう。

 パウロがテモテへの手紙第一を書いたのは、手紙の背景から、使徒の働き(28章はパウロの2年間のローマでの軟禁生活で終わっている)の後、軟禁生活から自由の身となってからだと推測されます(AD62~64年頃)。

 テモテが牧会していたエペソの町は、アジア州(現在のトルコ西部)の州都であり、古代の七不思議の一つに数えられるアルテミスの大きな神殿があり、その異教の信仰を中心にして栄えた町です。そこに誕生した教会は、偽教師たち(1:3,4、6:3)をはじめとする問題を抱えていました。パウロは、その「神の家」(教会)においてテモテが「どのように行動すべきか」(3:15)を教えるためにこの第一の手紙をしたためたのです。では、次回より手紙の内容に入っていきましょう。

                          このメッセージは2021.1.10のものです。